2016年07月23日

あれこれコラム そのM

大切なこと

先月、ある講座参加のため大阪に行ったときの話。
テーマは『アンガーマネジメント』。中央区にあるビルの3階でそれは開催されており、定員6名という小規模な講座だった。
参加者は当日欠席の1名を除いて5名で、約2時間強、講師の滑らかに進める話を聞いた。
講師は、熟練された方のようで、とても要領よく、また難しげな専門用語も使わず、途中笑いも取りながら話をされ、有意義な時間を過ごすことができた。
当然ながらとても内容も良く、何よりも自分にはない部分の糧になった。久しぶりにエネルギーを充電できた満足感が残り、次回予定されているステップアップ講座にも行こうと考えている。

その講座が終了し、帰途につく際、同じ講座の受講生だった方と一緒に駅まで歩く時間があった。聞くと私と同じ年齢で、自分の時間を使って講座に参加したことも同じであった。しかし一つだけ違うのはその男性の国籍は「タイ」ということ。聞くとタイ北部にある、チェンマイというところから、はるばる日本の大阪に来ているらしい。

私には「優しい国タイ」というイメージがある。
それは、20年近く前にチェンマイに行ったときに訪ねさせていただいた孤児保護施設で、衛生的にも経済的にも余裕がないのがわかる環境でも一生懸命にキラキラ輝いて過ごしている子供と、それを見守る職員の姿が今も残っているからだ。
当時施設で出会った子供に、日本で撮ったプリクラ写真1枚をあげると、とてもめずらしそうに大切に自分の部屋に貼ってくれ、また、そのお礼にとキャラメルに付いているおまけにあるような、小さなカエルの人形を「大切なものあげる」と渡してくれたこと。職員も、ほぼ子供たちと寝食を共にして「子供を守るのが自分の好きなこと」と言いながら、補給されている食材や物資を大切に整理している姿があったこと。その純粋な空気が蘇ってきた。

そんな当時のことを思い出しながら、駅に向かう道中で、そのタイの人はいう。「私はすぐ怒ってしまう、だからこの勉強をしたいと思った」。

果たして、自分はどうしてこの講座を受けようと思ったのか…。
良い意味で、考える機会をいただくことになった。
出会いに感謝。

posted by 副施設長 at 10:08| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

あれこれコラム そのL

時間A

「もうひとつ…」。とその教師は続ける。
「常に皆さんのまわりでは、いろいろなことが起こっています。皆さんは何か新しいことがはじまるとき、どういう気持ちでいますか」
これも生徒の返事を待たず、すぐに、
「物事を否定的にとるか肯定的にとるか…。その辺の違いが人の人生を大きく左右します…」。
ようやく義務教育を終えようとしている子供たち。このとても重いふたつの問いかけを、果たしてどのくらいの生徒が理解して自分の中で消化できるだろうか。と思いながら自分自身も考える。
要は、充実した時間をどれだけ長く過ごせるかで、人生の濃度が変わるということであろう。
それにしても「青春とは、人生のある一定の期間ではない」とはよく言ったものだ。
「若さ=青春」という、定番のイメージは確かにしっくりとくる。
華々しい未来をいつも夢見る。
日々刺激的なことが待っている。
失敗しても次がある…。あたりまえのように明日はくる。
あたりまえがあたりまえ…。
教師のいうように、確かにこれは高齢者にも同じことが言える。
「もう年だから…」とあきらめる理由はどこにもない。
現実的に可能かどうかを考えるまえに、「できるかも…」という気の持ちようで、なんとでも生き様は変化する。
高齢者に、その「青春」という時間帯を感じていただけるには、自分自身でたぐり寄せるパワーも必要にはなるが、高齢者福祉に携わる我々ならば、その「できるかも…」という感性を常に持って接することが求められる。
結局、その教室に最後まで居座り、黙々と考えを巡らすこととなった。
子どもの野暮用ではあったが、私自身が、快い充実した時間を過ごすことができた。
感謝感謝。

posted by 副施設長 at 11:36| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月03日

あれこれコラム そのK

時間@

休日、子供の付き添いで京都市内のある高等学校へ見学に行くことがあった。
これが、まったく予定していた訳ではなくて、当日の朝に家族から突然の出動要請を受けた事態だった。
たまたま休日だったから良かったのだが、ひょっとしてこれが休みじゃなかったらどうなってたんだろう…と一瞬考えたものの、特に胸を張れるような予定もなかったことと、この先、何回も行く機会などないだろう、その空間に行くのもいいか…と考え直し、行くことにした。
つまりは送迎係りに過ぎないのだが…。
 現地到着後は子供と分かれウロウロすることしかない。その上、その高等学校に対して何の予備知識も持ち合わせていないのも合わさり、余計に居場所もなく、ただただ過ぎる時間を待った。
 一方で、一生懸命この高等学校の良さや特徴を実感させるための、様々な取り組みがなされており、受験を控えた生徒は興味津々の面持ちで早足に教室をはしごしていた。
 たまたま前を通りかかった教室は、国語が何かの模擬授業をされていた。そこは普通科でも何種類があるコースのひとつらしい。
 教室に入りコソッと椅子に座る。
難しげな専門用語や数字が飛び交っていないことを確認した上で、しばらくたたずむことにした。
 きっと教師なのであろう初老のご婦人が、ある文学作家の生き様を説明しながら、それを聴講している生徒とリンクさせる感じて説いていた。
 しかし、少し深目の内容なだけにソワソワしている生徒もいた。
 その空気を察してか、ひと通りその題目が終わりかけると「みなさんに質問です」と雰囲気を変えられた。
「みなさんは青春真っ只中ですねえ。
ところで…青春って人生のいつ頃のことをいうと思いますか」
生徒はソワソワした自分たちへの警鐘だと感じたのだろう、これにはみんな一瞬にしてシンとなった。
ところがそうではなかった。
 生徒の返事を待たずに、話はこう続いた。
「青春っていうのは人生の[ある期間]ではなく、心の持ち方のことをいいます。どんな若くたって青春という人もいる。逆にどんなに年をとっていたとしても、青春という人もいます。単純に年月を重ねただけで人が老いることはありません。理想や役割や生き甲斐を失ったとき初めて老いるんです」…。Aへつづく。



posted by 副施設長 at 09:33| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする